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Dr.弘岡の情報羅針盤 ②

インプラント周囲炎ってなに?


弘岡 秀明 先生

東北大学大学院臨床教授
日本歯周病学会専門医、指導医
日本臨床歯周病学会認定医、指導医

医療法人社団北欧会 弘岡歯科医院
(スウェーデン デンタルセンター、東京都千代田区)

Point1 : インプラント周囲の感染症
Point2 : スウェーデンでは4人に1人が感染
Point3 : 治療方法が見つかっていない


前書き

私が1988年にインプラント治療と歯周治療を学ぶためイエテボリ大学歯周病科大学院に留学した当時、インプラント治療の恩恵を一番受けているスウェーデンでも、インプラントの失敗は主に手術時の技術的な問題と、インプラントが歯槽骨に癒合(オッセオインテグレーションと言います)後の咬合(かみ合わせ)過重に依るものと考えられていました。

天然歯における歯周病と同じようなインプラント周囲への感染による病気、あるいは失敗はないと考えられていました。

しかし、1990年代に入ると留学先の研究室では、ベーグルンド先生(現イエテボリ大学歯周病学科教授)がビーグル犬を使った一連の実験によって、

インプラント周囲もプラーク(細菌の塊)により歯周病と同じような病気が発現し進行していく事を発表しました。*1

当時インプラント周囲への感染はないと思われていたので、多くの研究者がこの事実を否定すると同時に、センセーショナルな研究として取り上げられました。

そんな折、私の指導医のリンデ教授(世界的に有名な当時のイエテボリ大学歯周病学科主任教授)に呼ばれ、ある手術に立ち会いました。

その患者様はインプラント周囲に感染を起こし、骨髄にまで及ぶ非常に重度の感染症を起こしていたのです。

数多くの歯周病の治療をしてきたリンデ先生でしたが、治療はお手上げでした。

この症例から人においてもインプラント周囲組織に感染が生じると確信しました。

【写真1】
インプラント周囲から排膿が見られる



【写真2】
インプラント周囲の骨が感染により消失しているのがX線上で確認できる



感染を除去するため手術を行いましたが、残念ながら一年後同部に病気が再発しました。

【写真3】
感染除去の為の手術をおこなった



私は日本に帰りまずその存在や危険性を啓蒙しようと活動しました(*2)。

しかしインプラントの埋入は盛んに行われていても、その後のメインテナンスや病気の存在には、あまり関心が持たれていませんでした。

しかし最近になって週刊誌等でこの問題が指摘されるようになってきました。

インプラント周囲炎とは一体なんなのか?

インプラント周囲炎を通常の歯周炎とを比較しながら、その病態を説明していきたいと思います。




病態

歯周病は、歯に付着した細菌の塊(デンタルプラーク、歯垢、最近ではバイオフィルムと呼ばれています)によって引き起こされるある種の感染症です。

歯周病は、歯肉炎(炎症が歯肉に限局している状態)に始まります。

歯肉炎を放っておくと歯面にそって細菌が侵入し、歯を支えている組織(歯周組織)、つまり、セメント質、歯周靭帯、歯槽骨を破壊していきます。

この歯周組織を失った状態が歯周炎です。

このままほおっておくと最後に歯は抜けてしまうのでどこかで進行を止めるための治療が必要です。

プラークは口の中の固いものに付着しますが、歯と同じようにインプラントにもプラークは付着します。

インプラントにプラークが付着すると、周囲粘膜にも歯肉炎と同様に炎症が発症します。

インプラント周囲口腔粘膜に限局した炎症が起こることを、インプラント周囲粘膜炎といいます。

インプラント周囲粘膜炎も歯肉炎と同様に、歯ブラシなどでプラークを除去すれば治すことが可能です。

歯周病が歯面にそって進行するように、このインプラント周囲粘膜炎も放っておくとインプラントに沿って感染が進行し、インプラントを支えている骨が喪失します。

この状態がインプラント周囲炎です。

インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎を含めて、インプラント周囲病変と総称されます。

ところで、インプラントの周囲では天然歯(人工物でない自分の歯)に比べ、防御機能が弱い(血管網が少ない等)ので歯周炎に比べて、疾患は急速に進行します。

時にインプラントの周りでは骨にまで炎症が波及します。

この状態が骨髄炎となります。

【図1】
弘岡 秀明、石川 基 (2010)インプラント周囲へのプロービングを再考する5
エピローグ 歯界展望 116-6, 1058-1073.から引用改変



インプラント周囲では天然歯と同様にプラークの感染により病状が進行していきます。

大きな違いは、インプラント周囲では防御機能が弱いため病状の進行が早く、時に炎症が骨髄にまで波及します。


症状

歯周病の症状としては、

  • 歯肉の発赤
  • 腫脹(はれる事)
  • 排膿(膿みがでる事)
  • 歯の動揺
  • 歯並びの乱れ
  • 歯肉退縮(歯茎がやせること)
  • ときに疼痛


などです。

患者は、歯ブラシの時の出血、排膿に伴う口臭、腫れ、また歯の動揺に伴い食物が詰まりやすくなったり、ものが噛みにくくなることにより、また歯列の不正を主訴に来院します。

痛みなどの自覚症状がほとんど出ない場合も多く、そのせいで気付くのが遅れ、歯科医院を受診した時にはすでに深刻な状態にまで病状が進行していることがよくあります。
("silent disease"と呼ばれることもあります)

インプラント周囲病変は歯周病と異なり、インプラントの先端の部分が少しでも骨に付いている限りインプラントが動く事はなく、食物がつまったり噛みにくくなる事もありません。

多くの場合、疼痛もありません。


せいぜい自身で気づくとしても排膿それに伴う口臭で、気づいた時には多くの場合歯周病よりさらに手遅れの場合が多いです。


診査

プローブ(探針)という器具をインプラント周囲に挿入することによって、インプラント周囲病変の診査をします。

これにより出血や排膿、および失われた骨の量を測定します。

またX線により骨の喪失量がわかります。

現在使われているインプラントはスクリュータイプが一般的で、操作を誤るとプローブがネジ山に引っかかってしまい、天然歯に比べ正確な診断が難しくなります。

【写真4】
弘岡 秀明、石川 基 (2010)インプラント周囲へのプロービングを再考する5
エピローグ 歯界展望 116-3, 436.から引用改変



また、インプラントの上部構造が適切でないと、プローブが有効に使えないので診査診断を誤ってしまいます。

時にインプラントの上部構造を外して正確に測定する必要があるので、上部構造はネジ止め式のものがいいでしょう。

被爆の事を考えなければCTもより正確な診断の為には有効な検査方法です。

検査がうまく出来なければ当然病気を見逃すリスクが高くなります。

【写真5】
炎症が見えます



【写真6】
X線で骨がなくなっているのがわかります



【写真7、8】
プローブを入れようとしても上物の形が不適切なのでうまく測定できません

 


治療

歯周病の治療方法はすでに確立されています。

歯面からプラーク(感染)を除去し、あらたに歯面にプラークがつかないようにすれば健康は回復維持されます。

また再生療法によって失われた組織を元に戻す事も可能です。

一方、インプラント周囲病変では、感染がインプラント周囲深くまで進行すると、インプラント表面はネジ山の構造をしているため、インプラント体からプラークを完全に取りきる事は困難になります。

ひとたびインプラント周囲炎になってしまうと、その治療法が確立されていません。

インプラント周囲病変になるリスクを減らす為にも、インプラント治療をする前に歯周病をはじめとする口腔内の感染は徹底的に除去し、インプラント処置後もあらたに感染しないように、メインテナンスをしていく必要があります。


まとめ

私が留学していた当時、インプラント周囲病変の存在にだれも気づいていませんでした。

リンデ教授とインプラント周囲炎の患者を診てから20年がたちましたが、ようやく世間の関心がインプラント治療の予後にまで集まるようになりました。

インプラント治療の歴史も長く、その恩恵を蒙っているSwedenでは、インプラント治療が施されている4人に1人はインプラント周囲病変に罹患していると報告されています(*3)。

おそらく日本での罹患率はそれ以上でしょう。

おそらく今後インプラント周囲炎に悩まされている方が増えるでしょう。

インプラント周囲病変の治療方法は確立されていません。

インプラント治療を受ける場合には正確な診査診断のもと、適切なインプラント処置の後メインテナンスを行っている歯科医院を選ぶようにしましょう。

弘岡 秀明
医療法人社団北欧会 弘岡歯科医院
(スウェーデン デンタルセンター、東京都千代田区)



シリーズ : Dr.弘岡の情報羅針盤



参考文献

*1
Studies on ginviva and periimplant mucosa in the dog.
Berglundh, T., Thesis, Goteborg Univ. 1993

*2
弘岡 秀明、古賀剛人(2002〜2004)
歯周治療におけるインプラントの位置づけ1〜14 歯界展望

*3
Clin Oral Implants Res. 2005 Aug;16(4):440-6.
Prevalence of subjects with progressive bone loss at implants.
Fransson C, Lekholm U, Jemt T, Berglundh T. (Pubmedで見る)

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